「遊」(不規則さを面白がる姿勢)
「型」(思考や行為を変える習慣)
「観」(視覚のみならず全身で行う観察行為)
「心」(無意識で中心を取り、自在に動くことで個性の表現が可能に)
「空」(自我がなくなり、解放されて自他が曖昧に)
為末大さん著の「熟達論」何かを学び「熟達」という究極の状態に至るまでを五段階に分けてこのように書いています。
哲学書のようでなかなか難しい内容ですが、一番最初の段階に遊ぶがくるのはなんとなく理解できます。最近そういえば遊ばせてないなー、このままだと余白がないなー、なんて思ったので、昨日はアップで大いに盛り上がってもらいました。
それでも子どもってすごい。すぐに吸収してできるようになるまさしくスポンジ君、
この調子で
また次回も
Vamos !!!!!
