音楽には楽譜があります。
音程を外さず、リズムを間違えず、楽譜通りに演奏する。それはもちろん大切なことです。
でも、私たちの心に残る演奏は、必ずしも「一音も間違えない演奏」だけではありません。
少しくらい音が外れても、そこに情熱や勢い、その人にしか出せない表現があれば、不思議と心を動かされることがあります。
サッカーのドリブルも、どこか似ていると思います。
育成年代では、
「ここではこのフェイント」
「ボールはここに置く」
「この角度で仕掛ける」
「この足の部位で触る」
といった技術を学びます。
もちろん、それらは大切です。
しかし、それだけを忠実に再現しようとすると、まるで楽譜を間違えずに弾くことだけが目的になった演奏のようになってしまうことがあります。
本来、ドリブルはもっと自由なものです。
相手の重心を感じて突然方向を変える。
一度止まりそうになってから、一気に加速する。
教わった形とは少し違っても、その瞬間に感じたまま身体が動き、相手の逆を取る。
そこには、その選手にしかない「リズム」があります。
世界の優れたドリブラーを見ても、全員が同じフォーム、同じテンポで突破しているわけではありません。
むしろ、一流になればなるほど、その選手特有の間やテンポがあります。
だからスクールでも、「正しい形」だけに選手を当てはめたくはありません。
緩急、ステップ、ボールの置き場所、身体の向き、目線、タッチする足の部位……。
それらはゴールではなく、自分のドリブルを表現するための材料です。
たくさんの材料を身につけ、目の前の相手を見て、自分で組み合わせる。
そして時には、こちらが想像していなかったプレーを子どもたちが生み出す。
そんな瞬間を大切にしたいと思っています。
技術は、表現するためにある。
楽譜通りに弾けることも大切。
でも、いつかは楽譜から離れ、自分のリズムで演奏できるようになってほしい。
サッカーも同じです。
教わったドリブルではなく、「自分のドリブル」を持つ選手へ。
技術の正確さだけでは測れない、観ている人の心まで動かすようなプレーヤーを育てていきたいと思います。